ちほ小宇宙へようこそ☆彡


by chihoharada
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

カテゴリ:鑑賞・観賞( 60 )

土曜日の昼下がり、丁度真上になった太陽がギラギラと照りつけ、九段のイタリア文化会館までの道程は真夏の暑さだ。
今日は20世紀後半のイタリアを代表する俳優マルチェロ・マストロヤンニ主演映画が、イタリア文化会館のエキジビションホールで上映されるのだ、
映画は1957年のイタリア映画で、原作はドストエフスキーの短編小説を、ルキーノ・ヴィスコンティが映画化した「白夜」(原題:Le Notti bianche)だ。
イタリアの小さな港町を舞台に繰り広げられるラブロマンスだが、マストロヤンニの魅力は云うまでもなく、ヴィスコンティが大胆且つ繊細に切り取る映像は、どのシーンとっても切ないほど美しい。
ニーノ・ロータの音楽がバックに流れ、モノクロームの幻想的な世界は儚く、心を燻(くゆ)らせるひと時となった。

e0157891_11224548.jpg
小さな港町でマリオ(マストロヤンニ)は、橋の上で泣いてる女と知り合う



e0157891_11231146.jpg
心に忘れられない人がいる女を好きなっていくマリオ(マストロヤンニ)



https://www.facebook.com/chiho.harada.12
https://www.instagram.com/chihorrin
https://twitter.com/Chihorrin



by chihoharada | 2017-06-04 13:24 | 鑑賞・観賞 | Comments(0)

ダン・フレイヴィンの光

アートスペース「エスパス ルイ・ヴィトン東京」でダン・フレイヴァンの個展が開催されている。
ダン・フレイヴィンはアメリカの芸術家で作品の表現媒体は「光」である。
しかし、それはなにも特別な光ではなく、日常のどこにでもある既製品の蛍光灯の光である。
蛍光灯の”日常的”な光を使って”非日常的”な空間を生み出す世界観は不思議と安らかだ。
e0157891_15165432.jpg

e0157891_15204541.jpg

e0157891_15172776.jpg
Photos by Chiho Harada 
https://www.facebook.com/chiho.harada.12
https://www.instagram.com/chihorrin
https://twitter.com/Chihorrin
by chihoharada | 2017-02-27 15:45 | 鑑賞・観賞 | Comments(0)

ボン・ヴォヤージュ

紀尾井町特設会場で開催中の『Volez, Voguez, VoyagezーLouis Vuitton 』展に足を運んだ。
ルイ・ヴィトンは時代に沿いながら旅を快適にするために綿密な研究と高度の技術で実用性とファッション性が高いことで私は、旅行アイテムとして大好きである。
今回の展覧会「空へ、海へ、彼方へ──旅するルイ・ヴィトン」展は、1854年創業から現在にいたるまでのメゾンの壮大な旅への軌跡を辿っている。
旅の在り方は列車、車から船、そして飛行機へと、時代が様々に変化を遂げるのと同時に旅行道具もどんどん移り変わってきた。
船旅の時代は、旅行道具とはいえ、まるで家具のごとく開けばクローゼットやドレッサーになる大きなトランクで帽子ケースや靴ケースは勿論のこと、タイプライターや本箱、チェス、楽器、音楽会を開催の指揮棒セットのトランクまであり、時代が進むのと同時に寄り添うように旅の道具たちは変化を遂げてきた。
会場はカテゴリーごとのブースになっており、時代を物語る数多くの道具ケース(トランク)が展示されている。
それらの品々は時代の重みを感じさせ、最早道具では無く、時代を物語る美しい美術品だ。
一番下の写真は旅を共にしてきた私個人のトランクたちだが、旅に出ない時は部屋の片隅でルームアクセアリーとして鎮座している。
ふと、日常の中でそれらに目が留まれば・・・旅の想い出がボン・ヴォヤージュとばかり這い出して、決まって辺りを浮遊し始めるのだ。

e0157891_16165350.jpg

e0157891_16163044.jpg

e0157891_16171193.jpg

e0157891_16174350.jpg

e0157891_16321052.jpg

e0157891_16282790.jpg

e0157891_16182066.jpg

e0157891_16234156.jpg

e0157891_16251489.jpg

e0157891_16243643.jpg

e0157891_16262895.jpg

...................................................................................................................
◆ワタシの旅の友
e0157891_1626591.jpg

...................................................................................................................
https://www.facebook.com/chiho.harada.12
Photo.ChihoHarada

by chihoharada | 2016-05-27 23:44 | 鑑賞・観賞 | Comments(0)

ふたたび

エスパス ルイ・ヴィトン東京で、開催中のフランク・ゲーリー展に出かけた。
フランク・ゲーリーはアメリカ人の建築家で、1989年にプリツカー賞に輝いた建築界の大御所で、昨年10月フランスにオープンした現代美術館「フォンダシオン ルイ・ヴィトン」を手がけた。
私は、数年前このフランク・ゲーリーの建築に至極心を惹かれ、スペインのビルバオに建設されたグッゲンハイム美術館へと足を運んだことがあった。
国内外から収集された美術品もさることながら、ビルバオ市中心部を流れるネルビオン川に隣接して建てられた美術館は、宇宙感覚のスケールでその規模の壮大さには、想像を超える驚きがあった。
その後、2003年にウォルト・ディズニー・コンサートホールや2015年に波立たせたブリックの外観がユニークなオーストラリアのUTS工科大学など、驚きと好奇心あふれる建造物を誕生させている。
今回の展示会は、壮大な建築物がどのようにして完成に導いたのかを模型を通して紹介するエキシビションであるが、会場のエスパス ルイ・ヴィトン東京はガラス張りのため、ガラスを通して見える東京の景色と、フランク・ゲーリーの創りだした建造物たちの模型が自然に融合して、イメージが広がるには十分であった。
そして・・・スペイン、ビルバオでの驚きの感動が、ふたたび湧き上がった嬉しいひと時でもあった。
e0157891_14191224.jpg
     ■スペイン、ビルバオ グッゲンハイム美術館
e0157891_14193068.jpg
     ■エスパス東京ルイ・ヴィトン東京会場
e0157891_14194750.jpg
     ■エスパス東京ルイ・ヴィトン東京会場
e0157891_1544485.jpg
      ■エスパス東京ルイ・ヴィトン東京会場


https://www.facebook.com/chiho.harada.12
Photos.ChihoHarada
by chihoharada | 2015-10-24 15:52 | 鑑賞・観賞 | Comments(0)
日4月15日はかの有名なモナリザを描いたレオナルド・ダ・ヴィンチの誕生日である。
1452年の誕生というから563年前のことで日本なら室町時代である
イタリアのフィレンツェに留学していたころはレオナルド・ダ・ビンチの不思議に心惹かれ何度もウフィツ美術館に足を運んだものだ。
レオナルド・ダ・ヴィンチは画家としての名声が一番高いが、彫刻、建築のほかに音楽、科学、数学にも秀でており物事に対する探究心から解剖学、地学、植物学、発明など様々な分野に業績を残した。
ルネサンス期を代表する博学者であり飽くなき探究心尽きることのない独創性を兼ね備えた人物である。
レオナルドが描いたルーヴル美術館が所蔵する肖像画『モナ・リザ』は世界でもっとも有名な絵画作品だ。
この作品は女性の口元と目に表現された微妙な陰影が謎めいた表情を作りだしなんとも魅惑的である。
しかしこのモナリザはレオナルド自身をモデルにして描いたともいわれている。
というのはある研究者によってレオナルドの自画像を左右反転させて重ねてみるとモナリザと完全に一致することが明らかになったからだ。左右反転はレオナルドの得意技の一つで生涯を通して書き綴った13.000ページに及ぶノートは全て鏡文字で書かれていた。
鏡を用いることについてのレオナルドのコメントが残っている。
「よく知られているように間違いというものは自分の仕事よりも他人の仕事の中に見つけやすいものだ。絵を描くときには平らな鏡を使って、そこに自分の作品を映してみるとよい。すると絵が左右逆に映し出される。そうすれば、誰かほかの画家によって描かれているように見え、じかに自分の絵を見ているときよりも、その欠点がよく見えるものだ。」と言っている。
ということはモナリザがレオナルド自身だという説は自画像だけの反転ではなく性別をも反転させてたことで信憑性を感じる。
オナルドの私生活は謎に包まれているが、容姿はひじょうに端正で美しく、ずば抜けた肉体美を持ち素晴らしい知性を持備えていたことで男女を問わず人の心を惹きつけたといわれ、同性愛者の傾向があったことを示唆されている。探究心の深さと全てのものを超越する心が不思議で魅惑的な美を生みだしていったのだろう。
魅惑の作品群は「受胎告知」「ジネヴラ・デ・ベンチ」「白貂を抱く貴婦人」「リッタの聖母」「岩窟の聖母」「聖アンナと聖母子」「洗礼者ヨハネ」「荒野の聖ヨハネ 」フレスコ画の「最後の晩餐」そして「モナリザ」・・・・まだまだその数は枚挙にいとまがない。

● モナリザ
e0157891_21182418.jpg

● レオナルド・ダ・ヴィンチ自画像
e0157891_21184767.jpg

● レオナルド自画像を反転して重ねたモナリザ
e0157891_21431630.jpg

● レオナルド・ダ・ビンチの若く美しい自画像
e0157891_21191532.jpg

● 鏡文字のサイン
e0157891_2119381.png


https://www.facebook.com/chiho.harada.12
by chihoharada | 2015-04-15 21:21 | 鑑賞・観賞 | Comments(0)

ひな祭りの宇宙

e0157891_15582097.jpg

生三月に入り明後日はひな祭りだ。
明治大正のガラス器が好きで集めている中にいくつかガラスの雛徳利がある。
季節の到来で先日来から仕舞っていた箱から久しぶりに出して観賞を楽しんでいる。
ガラスの雛徳利に描かれた絵は松竹梅や鶴亀、瓢箪や平安時代の貝合わせなど目出度きものが多い。
そのなかで溢れんばかりの桃の花と火焔太鼓を組み合わせて絵付けされた一対のガラス徳利が心に響く。
火焔太鼓(かえんだいこ)とは雅楽で用いられるもので、雅楽特有の楽器の不思議な音色の背後に聞こえる重低音の響きを放つのが火焔太鼓である。
火焔太鼓は必ず対をなし舞台では右と左に置かれ、日輪の太鼓先端の金の飾りは太陽(陽)をあらわし、もう一方の月輪の太鼓の先端の銀飾りは月(陰)の世界をあらわし、陰陽二つ揃って宇宙の摂理を表していると言われている。
ガラスの雛徳利に描かれた火焔太鼓はかなりディフオルメされており太鼓先端の飾りも実際の飾りのように金と銀に区分けしておらず二つとも金彩で光りの形で描かれている。
だが、絵を眺めていると小さな女の子が壮大な宇宙の中で太陽のように明るく、月のように謙虚で賢く、健やかに育つようにと絵に込めた願いが温かく優しく強くあふれるように迫ってくる。
e0157891_15585684.jpg
                   【雅楽の舞台に設置される実際の火焔太鼓

https://www.facebook.com/chiho.harada.12
Photo.ChihoHarada
by chihoharada | 2015-03-01 15:58 | 鑑賞・観賞 | Comments(0)

瞳の誘惑

ドゥアール・マネの絵の中で特に強く心魅かれる作品がある。
それは「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」である。
スミレのブーケの黒い帽子を被り黒いドレスに身を包んだ美しい女性の瞳は強い意志を持ち輝いている。
モデルのベルト・モリゾとは一体どんな女性なんだろう。
興味を抱(いだ)いた私は少し調べてみた。
するとベルト・モリゾとは20歳のとき絵描を志してバルビゾン派のジャン=バティスト・カミーユ・コローを師に絵を描きはじめた画家であった。
絵を描きはじめて23歳のときにサロンに初入選した。
サロンとは1725年に始まったフランスのパリの芸術アカデミーの公式展覧会の総称でサロンでの展示は芸術家にとってフランス国内での成功を成し遂げたことを意味した。
そのサロンで何度も入選を重ねるうちにモリゾはエドゥアール・マネと出会いマネに絵画を学びながらマネのモデルを務めるようになったのである。
マネとモリゾは師弟関係にありながらお互いに切磋琢磨してお互いの絵に影響を与え合うほどだったので恋を噂されたこともあった。
だがモリゾは33歳の時にマネの弟であるウージェーヌ・マネと結婚をする。
4年後には娘のジュリーが誕生した。
モリゾの作品は愛する夫と娘を題材にした幸せな優しい絵が数多く描かれていった。
ところがモリゾは重い肺鬱血になり闘病の末54歳の若さで生涯を終えてしまうのである。
この2年前に夫のウージェーヌ・マネも亡くなっており残された娘のジュリーはまだ16歳で天涯孤独となってしまった。
しかしモリゾは自分の残された時間が少ないと悟ったとき絵の仲間として親しかったルノワールやドガそして詩人のマラルメを筆頭にしてジュリーの後見人を託したのである。
今考えればそうそうたる絵画や詩の巨匠たちで力強い限りである。
リゾがマネのモデルになったようにジュリーがルノアールのモデルとなって描かれた作品「ジュリー・マネ(猫を抱く子供)」がある。
どことなくジュリーの瞳の強さはマネが描いたモリゾの瞳と似てるように思う。
母(モリゾ)や伯父(マネ)そして後見人(マラルメやルノアールやドガ)などの優れた詩人や画家たちから溢れる感性を欲しいがままに受けて育ったジュリーもまた当然の如く画家になっていったのである。
ふと心魅かれたマネの絵画「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」のモリゾの瞳は突如私の手を取りコロー、マネ、ドガ、ルノアールなどの19世紀後半の煌めきの印象派絵画の世界へとグイグイと強い力で誘(いざな)っていってくれたのだ。
マネが描いた:「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」
e0157891_15265975.jpg

ルノアールが描いたモリゾの娘ジュリーの絵:「ジュリー・マネ(猫を抱く子供)」
e0157891_15275386.jpg
モリゾが描いた愛する夫と娘の絵:「ブージヴァルの庭のウジェーヌ・マネと娘」
e0157891_15283746.jpg
モリゾが描いた最愛の娘のジュリーの絵:「往く夏に」
e0157891_1529101.jpg


https://www.facebook.com/chiho.harada.12
Photos.ChihoHarada
by chihoharada | 2015-01-28 15:35 | 鑑賞・観賞 | Comments(0)

厳冬の花たち

るえる寒さを謳歌する花たち。
巡りくる季節に律儀で真摯なその姿は健気で強く美しい。
季節を通して何気なく歩く散歩道で出会う花たちに教えらることは数限りない。
小さな芽が土を破ったとき。
緑の葉が掌のように広がったとき。
満面の笑顔で花開いたとき。
花びらを風に委ね散らすとき。
すっかり萎んだ葉が俯くとき。
それらはどの瞬間も弾む命の息遣いが聞こえ勇気づけられる。


       【厳冬の中で咲く花々】  
e0157891_11341390.jpg

e0157891_11343226.jpg

e0157891_11344941.jpg

e0157891_11351258.jpg

e0157891_11353360.jpg

e0157891_11362847.jpg

e0157891_11335486.jpg


https://www.facebook.com/chiho.harada.12
Photo.ChihoHarada
by chihoharada | 2015-01-08 13:08 | 鑑賞・観賞 | Comments(0)

心は流れて

e0157891_172338.jpg
アターコクーンで公演中の作:清水邦夫 演出:蜷川幸雄の舞台
“火のようにさみしい姉がいて”を観劇した。
ストーリーは元女優の妻(宮沢りえ)が夫の俳優(段田安則)の可能性を信じて
自分は女優をやめ献身的につくしている。
ところが男が俳優として行き詰まりを感じ出し転地療養と称して20年ぶりに
夫の故郷の雪国へ帰ることにした。
道を聞こうと駅前の理髪店へ立寄るのだがその理髪店で男は誤ってシャボン用の
カップを割ってしまう。
そのことから男の姉らしき女主人(大竹しのぶ)や弟や店の客や村人が次々と現れ
男の過去や現在にズカズカと踏み込み誰が嘘をついているのか誰が真実を語って
いるのか互いの言葉が食い違い複雑になっていく・・・・。
男は頭を抱え姉と名乗る女主人を姉ではないと主張するが女主人は傍らの位牌を
手にすると「自分と男との間に出来て死んだ子供の位牌を川に流して」と衝撃の言葉を吐く。
夫を守ろうと必死だった妻はこの言葉に壊れてしまい「あなたなんかより私の方が演技が
上手かったのに」と一番言ってはいけない言葉を男に放ってしまった。
その言葉に激高した男は妻に手をかけ勢いに任せて絞殺してしまう・・・・。
その様子を止めるでもなく姉と称する女主人は冷ややかな目で床屋の椅子に
座ったままただ見ているだけだった。
そしてやおら立ち上がると何事も無かったように革でカミソリを研ぎ始める。

大竹しのぶさんの舞台での定評は聞いてはいたが今回私は初めてだったが
怖さを呼ぶほどの存在感あふれる凄い演技力に圧倒されてしまた。
終演後楽屋でお会いしたりえちゃんは「大竹さんに必死についていってるの」と
先輩を立て舞台を終えたばかりの昂揚した美しい瞳をキラキラ輝かせていた。

劇場を後にしながら思うことは・・・・・・・
生きることに行き詰ってしまったとき心に現れる故郷(ふるさと)とは多くの人は
ビロードのように柔らかく優しく温かく懐かしいのだろう。(私は違うが)
しかし実際にそこへ足を運んでみれば思い描く形は無く素知らぬ歪んだ世界が
胡坐をかいているのかもしれない。
それは・・・時が流れて往くからではなく 人の心が流れて 遷り変わって
往くからなのでは・・・・・・・ないだろうか。


https://www.facebook.com/chiho.harada.12
Photos.ChihoHarada
by chihoharada | 2014-09-16 17:04 | 鑑賞・観賞 | Comments(0)

舞台も雨

e0157891_1458991.jpg
曜日のこと激しい雨が降りしきるなかを楽しみにしていた舞台観賞のため濡れながらも
赤坂のACTシアターまで足を運んだ。
舞台は村上春樹作・蜷川幸雄演出の「海辺のカフカ」である。
ストーリーは主人公のカフカ(古畑新之)がある日「世界で最もタフな15歳になることを決意し
15歳の誕生日に父親と共に過ごした家を出て四国の甲村図書館に身を寄せることになる。
カフカは図書館で司書を務める「大島」(藤木直人)や、幼い頃に自分を置いて家を出た
母ではないかと思わせる女性「佐伯」(宮沢りえ)に巡り会い父親にかけられた『呪い』に
向き合うことになる。
一方東京に住む猫と会話のできる不思議な老人「ナカタさん」(木場勝巳)は近所の迷い猫の
捜索を引き受けたことがきっかけで長距離トラックの運転手と知り合い一緒にトラックで
四国に向かうことになる。
それぞれの物語は決して別の話ではなくいつしか次第にシンクロして登場人物たちは
時間の海を漂流しつつ「運命」に導かれて出会いと別れを繰り返えしていく・・・・・。
村上春樹作品の持つ清潔な透明感を蜷川幸雄は巨大アクリルケースに様々な
シーンを封じ込めてそれを舞台の上で縦横無尽に動かすことによって混沌とした「運命」を
視覚的に具体化させ立体的な見応えのある舞台に仕上げている。
村上春樹のみずみずしい文体を蜷川雄は素晴らしい演出で形にして見せてくれた。
流石である。
4時間近くに及ぶ舞台だったが深みのあるズッシリとした感動が残った。
宮沢りえさんの佐伯役は楚々としたシャープさが舞台に美しい清涼感を添えていた。
ところが舞台終了後のカーテンコールで出演者が舞台上に並んで観客の拍手に応えるとき
出の舞台裾で宮沢りえさんが滑って転倒してしまったのだ。
ラストシーンが雨だったので舞台が濡れていたのと衣装がピンヒールだったのが重なって
滑ってしまったのだろう。
強く顔を打ったみたいなので心配になり・・・「大丈夫ですか?」とメールを打ったら
「冷やして、もーだいじょーぶでーーーす。お恥ずかしすぎるぅーーーー!
せっかくの余韻を壊してしまって反省中です(笑)」と即、明るいメールが返ってきた。
ホッとすると同時に現実も舞台もビショビショ雨降る不思議な感覚の日だった。

(舞台写真:渡部孝弘さんより引用)
e0157891_14583329.jpg
       カフカと佐伯
e0157891_14584899.jpg
       ナカタさんと猫たち
e0157891_14591017.jpg
              佐伯                               


https://www.facebook.com/chiho.harada.12
Photo.ChihoHarada
by chihoharada | 2014-06-29 17:05 | 鑑賞・観賞 | Comments(0)