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by chihoharada
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瞳の誘惑

ドゥアール・マネの絵の中で特に強く心魅かれる作品がある。
それは「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」である。
スミレのブーケの黒い帽子を被り黒いドレスに身を包んだ美しい女性の瞳は強い意志を持ち輝いている。
モデルのベルト・モリゾとは一体どんな女性なんだろう。
興味を抱(いだ)いた私は少し調べてみた。
するとベルト・モリゾとは20歳のとき絵描を志してバルビゾン派のジャン=バティスト・カミーユ・コローを師に絵を描きはじめた画家であった。
絵を描きはじめて23歳のときにサロンに初入選した。
サロンとは1725年に始まったフランスのパリの芸術アカデミーの公式展覧会の総称でサロンでの展示は芸術家にとってフランス国内での成功を成し遂げたことを意味した。
そのサロンで何度も入選を重ねるうちにモリゾはエドゥアール・マネと出会いマネに絵画を学びながらマネのモデルを務めるようになったのである。
マネとモリゾは師弟関係にありながらお互いに切磋琢磨してお互いの絵に影響を与え合うほどだったので恋を噂されたこともあった。
だがモリゾは33歳の時にマネの弟であるウージェーヌ・マネと結婚をする。
4年後には娘のジュリーが誕生した。
モリゾの作品は愛する夫と娘を題材にした幸せな優しい絵が数多く描かれていった。
ところがモリゾは重い肺鬱血になり闘病の末54歳の若さで生涯を終えてしまうのである。
この2年前に夫のウージェーヌ・マネも亡くなっており残された娘のジュリーはまだ16歳で天涯孤独となってしまった。
しかしモリゾは自分の残された時間が少ないと悟ったとき絵の仲間として親しかったルノワールやドガそして詩人のマラルメを筆頭にしてジュリーの後見人を託したのである。
今考えればそうそうたる絵画や詩の巨匠たちで力強い限りである。
リゾがマネのモデルになったようにジュリーがルノアールのモデルとなって描かれた作品「ジュリー・マネ(猫を抱く子供)」がある。
どことなくジュリーの瞳の強さはマネが描いたモリゾの瞳と似てるように思う。
母(モリゾ)や伯父(マネ)そして後見人(マラルメやルノアールやドガ)などの優れた詩人や画家たちから溢れる感性を欲しいがままに受けて育ったジュリーもまた当然の如く画家になっていったのである。
ふと心魅かれたマネの絵画「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」のモリゾの瞳は突如私の手を取りコロー、マネ、ドガ、ルノアールなどの19世紀後半の煌めきの印象派絵画の世界へとグイグイと強い力で誘(いざな)っていってくれたのだ。
マネが描いた:「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」
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ルノアールが描いたモリゾの娘ジュリーの絵:「ジュリー・マネ(猫を抱く子供)」
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モリゾが描いた愛する夫と娘の絵:「ブージヴァルの庭のウジェーヌ・マネと娘」
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モリゾが描いた最愛の娘のジュリーの絵:「往く夏に」
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Photos.ChihoHarada
by chihoharada | 2015-01-28 15:35 | 鑑賞・観賞 | Comments(0)